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《特別インタビュー》 第1回(後編) 山本昌さんのこれからのはなし

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2017.07.03
《特別インタビュー》 第1回(後編) 山本昌さんのこれからのはなし

1984年より32年という長い間、プロ野球選手をつづけた山本昌さん。50歳を超えて引退してからは、野球評論家・解説者として、第二の人生を歩き始めている。
これからも充実した人生を送るために、仕事、健康や家族との暮らし、そしておかねに関して、山本昌さんがどのように考えているか、はなしを聞いた。

暮らしとおかねの変わったこと変わらないこと

-32年間という長い野球選手生活で、どのようにして身体の状態を保ってきましたか?

いつでも身体の中にアンテナを張るようにして、異常がないかを感じ取るように心がけていましたし、ちょっとでもおかしいと感じたら、すぐに対処をしました。

プロ野球では、トレーナーによる指導が充実していますし、症状に応じた適切な治療を施すことで、問題が大きくなる前に"鎮火"させてしまうわけです。

私は、入団から29年間にわたって練習では無遅刻無欠勤でした。これは「練習をしてこそのプロ野球選手」という思いが根底にあったからです。もちろん、体調が悪いときもあったわけですが、登板前日までにはなるべく治すように心がけました。もっとも、30年目にインフルエンザにかかってしまい、このときは、やむを得ず練習を休むことになってしまいましたが...。チームに迷惑をかけるわけにはいきませんので。

大事なのは、体調を管理する注意や心がけを、「普通のこと当たり前のこと」にしたこと

-プロ野球選手として、日常生活で注意していたことはありますか?

私はピッチャーでしたから、ひじと肩については、特に注意して生活していました。寝ているときでも、肩が下になるとすぐに目が覚めるんです。ひじが伸びていても同じで、無意識のうちにそうしたクセがついていました。お酒を飲んで寝ているときでも、それは変わりません。そのおかげでひじと肩は、引退するまで手術をすることなく済みました。

大事なのは、こうした体調を管理する注意や心がけを、自分の中で「普通のこと当たり前のこと」にしたことだと思っています。それに長くやっていると、自分の身体について、壊さないつかい方を知るようにもなりましたし。

ただ、いまでも、肩が下になったりひじが伸びたりすると目が覚めてしまうので「もう、気にしなくてもいいのに」とは思っていますが(笑)。


-引退後、仕事とかかわる時間は変わりましたか?

これは大きく変わりました。現役の頃は、集合・練習・試合と、それぞれが始まる時間はだいたい決まっていましたが、いまはかなり不規則になりましたので。朝が早いときもあれば、反対に午後から始まるときもあります。  

現役の晩年は、チームが休みのときでも、自主練習を行っていたため休みはありませんでしたから、その頃とくらべればいまは少し余裕があるかも知れません。


-仕事以外の時間はどうつかいたいですか?

まずは家族と過ごす時間を持ちます。実際、昼間は家族と買物をして、夕方から名古屋ドームでナイターの解説をするというような時間のつかい方ができるようになりました。

私は、小学3年生で野球を始めてから、海水浴には一度も行ったことがありません。肩のまわりが日焼けするとユニフォームがこすれて痛くなり、ボールを思うように投げられなくなるからです。でも、これからは、そうしたことを気にすることなく、子どもを連れて海水浴に行けるので、とてもうれしいです。

そのうえで、時間がぽっかりと空いたら、やはりラジコンをしたいですね(笑)。それと、現役時代にはできなかった、車でサーキット走行をすることもぜひしてみたいです。サーキットで走ること自体は現役時代も禁止事項ではありませんでしたが、長く選手をつづけるため、あえてはしませんでした。レース走行なんて無茶はいわずに、スポーツ走行を楽しむ気持ちでしてみたいですね(笑)。


-食生活での変化はありますか?

弁当を食べるようになりました。現役時代は、球団がケータリングを用意してくれたので、球場やホテルでみんなと食事をしていましたが、いまは、ひとりで弁当を食べることがふえました。

それまで、長いこと弁当を食べるという習慣がなかったので、新鮮ではあるのですが、ちょっとさびしい気もします。新幹線で名古屋から東京を移動する間にぽつんと弁当を食べるのは、何となくわびしいですね。


せっかく買ったスーツが着られなくなった

-健康管理の点で変わったことはありますか?

ジョギングをしたり、散歩に行ったりして、自主的に身体を動かすようにしていますので、現役時代とくらべるのはさすがに厳しいですが、それなりに気をつかっているとは思います。

というのも、現役を引退してから1年ほどで、スーツが着られなくなったという痛い経験がありまして。引退した際に「これからはスーツがユニフォームになる」と思って、10着つくったのですが、サイズがあわなくなってしまったためです。おかねをかけてせっかく買ったのに、と思うともったいなくて。

今年はまた、そのときと同じサイズで3着つくりました。これも一つの挑戦だと思っていますが、とにかく気持ちを引き締めて、これらを着られる体型を維持しようと思います。


-いま、暮らしに関して不安なことはありますか?

自分の身体に関しては特に不安はありません。家族に関しても、不安というよりは、子どもがすくすく育ってほしいという楽しみな気持ちが勝っています。

それよりもいまは、現役時代と何も変わらない前向きな気持ちでいるので、これからもっとがんばろうという思いを強く抱いています。


-将来の暮らしに備えていま実践していることはありますか?

現役を引退してから、自分できっちりと健康診断を受けて、まずは家族みんなで保険に入りました。

貯蓄の一部と考えて、医療保険と生命保険に入っています。いまのところ、自分の健康に不安はありませんが、やはり万が一に備えようと思いました。


引退後、銀行に行ったときに「おかねがふえていない」と、ちょっと驚いた。

-現役時代と現在とで、おかねに関して変わったところはありますか?

引退した翌年の1月25日に、銀行へ行った際「おかねがふえていない」と、ちょっと驚きました。まだ野球評論家としての仕事を始めていなかったですし、引退した実感があまりなかったので。

現役時代は年間契約という形で報酬が決まって、その金額が12等分されたものが、毎月25日に振り込まれていたんです。

それで「これからはこれまでとは違った形で収入を得なければいけないな」と改めて考えました。


-現役時代の、おかねにまつわるエピソードはありますか?

一番稼いでいたときは、自分が努力した結果だからと、自動車くらいはいいものを買おうと思っていました。ローンをつかわず買うつもりで、3,000万の現金を持って車を買いに行ったこともあります。しかも、買うつもりだった車と違う車を買ってしまったり(笑)。


-おかねに対する感覚は変わりましたか?

おかねに対する感覚は、現役時代とほとんど変わっていませんね。車にはおかねをかけましたが、もともと、無駄づかいするようなことはありませんでしたし。

一番稼いでいたときから現役を引退するまでの間に、徐々に給料が下がってきて、引退をもって着陸した感じですから、収入が激変したというわけでもありません。

ぜいたくといえば、料理屋に入って値段を見ないで注文する、ということくらいでしょうか。焼肉屋に入って、上カルビや上タン塩を見て「高いな、どうしようかな」と思わないくらいのおかねがあれば、それで充分幸せなので。

おかねに関して、何か達観しているわけではないのですが、おかねについての幸せは、やはり人それぞれだと思っています。もし私にどれだけおかねがあったとしても、きっと高額の絵をほしいとは思わないでしょうから(笑)。


自分ができる範囲で楽しみを見つけて、そのためにおかねをつかうという姿勢

-おかねのつかい方について、お考えはありますか?

「自分がほんのちょっぴりがんばって手に入るもの」って、魅力的だと思うんです。

だから、無理をしないと買えないものは、それほどほしくありません。いま持っているおかねと、それにプラスして、もう少しがんばれば買えるというものこそが、本当にほしいものだと思いますので。

現役時代もいまも、きちんと税金を払って、自分ができる範囲で楽しみを見つけて、そのためにおかねをつかうという基本的な姿勢は変わっていません。きっとこれからも変わらないだろうなと思います。

本音をいうと、もう1台くらいフェラーリがあっても、こまりませんが(笑)。


50代は「飛行機が着陸間近になって、空港の近くで車輪を出し始めている状態」

-暮らしに関して、60代になるまでに実現したいことは何ですか?

私は、いまはマンションに住んでいますが、60代になるまでには土地付きの家がほしいと思っていますし、先ほどおはなししたように、車もほしい。そうした目標を達成するには、おかねも時間もかかると思います。

50代のうちに、そのための準備をすることが必要だと思っています。「飛行機が着陸間近になって、空港の近くで車輪を出し始めている状態」だとするなら、無事に着陸するためのしかるべき準備が必要だと思いますので。


-貯蓄や収入を活かす方法は何か考えていますか?

まだ具体的なことは考えていません。いまはたくさん仕事をいただいていて、自分としても精力的に動いています。

ただ、現役時代と同じような収入を得られるわけではありませんから、将来を考える際に「いま持っているものをどう活かせるか」を考える時期にきているのかな、と最近は思うようになりました。

きっと、何か新しい仕事について考えたり、いまある貯蓄をつかって将来的にある程度の安定した収入を得るための方法を考える時期が迫っているんでしょうね。

新しい仕事というのは、私が考えているのは、たとえば、コンビニエンスストアなどのフランチャイズを始めるとか、ある程度の収入というのは、何か資産運用という形でしょうか。  いずれにしても10年後、20年後に自分がどうなっているか、どうなりたいか、もう少し時間が経てば想像できるようになるとは思っています。


おかねに関して専門家のアドバイスはほしい

-家族に資産をのこすことについてはどうですか?

しっかりのこしたいと思っています。税金に関してもきちんと手続き対策をして、不動産がもしあるなら、それを売らなくても済むような形がいいですね。

ただ、こうしたことについては確実な情報や知識がほしいです。資産運用や相続について考えるのは、自分では「まだ少し早いかな」とも思うので、おかねに関しては、まずは専門の方からアドバイスがほしいと思っています。


-最後に、同世代やその上の世代の人たちに対してメッセージをお聞かせください。

どんなときでも、意欲を失わずに生活することが大切だと思います。

私の経験でいえば、プロで32年、小学3年生から数えれば40年近く野球をつづけてきましたが、それでも後悔していることはいくつもあります。ですから、もし意欲を失って過ごす時間が長ければ、後悔することはもっと多くなると思うのです。

意欲・モチベーションを向ける対象は、仕事でも、家族でも、趣味でも、自分に関することでも、何でもいいと思います。

私は、もうマウンドに立つことはできませんが、野球に対する意欲はいまも変わらず持ちつづけています。

もし野球に関係する仕事ができなくなっても、何か違う仕事でしっかり意欲を持ちつづけたいと思っています。自分の意欲は、墓場に行くまで持ちつづけるつもりですから。

野球評論家 山本昌さん(51)

1965年生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身。1984年に日本大学藤沢高校からドラフト5位でプロ野球中日ドラゴンズに入団。入団4年目にアメリカに野球留学し才能が開花。シーズン途中に帰国し1軍に定着。1994年沢村賞受賞。 2006年史上最年長41歳でノーヒットノーラン達成。以降、数々の歴代最年長記録を樹立。2008年通算200勝を歴代最年長の42歳で達成。2015年史上初の50歳での登板を最後に現役を引退。ドラゴンズ一筋でプロ生活32年。プロ通算219勝のうち140勝を30歳以降に記録し、40歳以降でも46勝を記録。現役引退後は野球評論家・解説者として活躍している。

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